三浦春馬さんの父親と母親の告白から共通して分かることとは?

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三浦春馬

2020年7月18日突然帰らぬ人となった三浦春馬さんの死因は多くの人によって分析されているが、真相は半年たっても依然謎に包まれている。

三浦春馬さんには実の父母と継父の3人の親がいるが、母や実の父とも生前確執があったとも伝えられ、そこに死因のヒントはないかという視点でマスコミの報道もなされてきた。

昨年12月、さらに今年に入ってからは母や実の父の告白やインタビュー記事も報道されるようになり、情報は錯綜していて一致しない点もあるが、共通している点も見られる。

共通している点から、三浦春馬さんの死因について少なくともこれだけは言えるのではないかというポイントをまとめてみた。

三浦春馬さんの両親と芸能活動との関係

三浦春馬さんの小中学生時代と芸能活動

三浦春馬さんが小学生のときに両親は離婚し、その後も母親が再婚・離婚していることで家族関係も少年時代から複雑になっていた。

小学生のときの両親の離婚経験は目に見えない心の傷跡を残したかもしれないし、その後も家庭環境は決して少年時代の春馬さんにとって心から気の休まる場所ではなかったかもしれない。

三浦春馬さんは茨城県土浦市の出身で、土浦市内の「つくばアクタースクール」という俳優の養成所へ通っていた。

そして、小学1年生でテレビドラマ「あぐり」で子役デビューを果たす。

小学生時代から芸能活動と接点をもつようになるのは母親の真弓さんのおすすめだったことが分かっている。

春馬さんが一人っ子だったことから「友達とつきあうきっかけになれば」というのが、母親の本当の気持ちだったようだ。

中学に入るとテレビドラマをいくつも抱えてかなり忙しくなってくる。

三浦春馬さんの高校時代と芸能活動

そして、高校生になると俳優として生きていく決心をして、東京の堀越高校に入学したため、上京して一人暮らしを始める。

高校時代は芸能人としての活動に大半の時間をとられ、高校退学も考えたこともあったという。それでも高校時代は何とかもちこたえた。

しかし、仕事の物量と精神的ストレスがピークになった19歳のとき、三浦春馬さんは一度芸能活動を辞めて郷里に帰ることを考えた。

人気絶頂で仕事も順風満帆で増えていったため、セリフを覚えることもままならず、生真面目で責任感の強い三浦春馬さんは精神的に相当追い詰められていたからである。

俳優をやめて茨城で農業の道に転向しようと相談をもちかけた母親に反対され、俳優をやめるべきでない理由を1つ1つあげて説得された。

子役デビュー時と同じように母親の影響で芸能活動に踏みとどまることになる。

その後の活躍は良く知られるところで、三浦さんは後に母親に都内の高級マンションをプレゼントしている。

気になるのは、この目覚ましい躍進の裏で本当の死因につながるような要因が何かあったのかということである。

三浦春馬さんの父親と母親の告白から共通して分かることとは?

三浦春馬さんの父親の告白

三浦春馬さんは後年、母親と確執があったと伝えられており、このことは実父も認めている。

1つは金銭問題で度々無心されれいたこと、もう1つは仕事や恋愛の問題で衝突したこと。

2020年12月に「女性自身」が三浦春馬さんの実父の初告白の内容を報道した。

実父は入院するようになってから息子との再会も効を奏して手術が成功した。それまでも度々連絡は取り合う仲だったが、手術の成功をきっかけとして一緒に食事をしたりする機会が増えた。

三浦春馬さんの亡くなる2週間前までLINEで連絡を取り合っていて、近いうちに茨城にも来るからというメッセージも残していたという。それが果たされぬまま亡くなってしまった。

そうですね。お墓とか偲ぶ会とかについては、(春馬の)所属事務所さんにも相談に乗ってもらっているようです。遺産相続の話し合いが長引いている? でも私自身は息子の遺産はまったくあてにしていません

 引用元 女性自身

春馬さんの遺骨は母親が保持していること、弁護士をたてて今でも遺産相続の件で話し合いが行われていることは事実のようだ。

この数年、(春馬は)母とは折り合いが悪く、本人も悩んでいるようでした。いくら母と子といっても、お金のことやら何やらで、もめていると聞いて、私も心配はしていたのですが……。

「女性自身」2020年12月22日号 掲載

度々、父子の会話になかに母親が登場し、お金のことでもめているということも語っている。

三浦春馬さんの母親の告白

春馬が亡くなった一番の原因は、私がそばについていられなかったこと。そこがもう、凄く後悔しています。たとえ何があったって、私が命をかけて守れなかったことは確か。そこはすごく悔しい

引用元 デイリー新潮

春馬さんが小学生時代から芸能界でデビューするきっかけをつくったのも母親であり、俳優を辞めようかと相談されて反対し思いとどまらせたのも母親だった。

仕事のこと、恋愛のことで重要な意思決定に母親が影響を与えてきたこともあり、最終的に自分が守れなかったから春馬さんが亡くなったと捉える母親の感性も信頼性がないとはいえない。

本当に連絡が取れなくなったのは、5年ほど前からなの。理由は春馬の心身の状態がよくなかったのね。私や再婚相手の男性、そして所属事務所であるアミューズとの関係で揉めていたし、いろいろな悪いことが春馬の精神や体に重なっていった

あの子の具合が悪くても、なんとか心身を健康にして働かせたいっていう所属事務所の思惑があった

                                          引用元 デイリー新潮

このコメントと関連して「金銭関係でもめていた」ことは認めていないが音信が途絶えたことは認めていて、音信が途絶えている間に所属事務所ともめて精神的にも肉体的にも悪条件が重なっていったと母親は解釈していることが分かる。

父親と母親の告白から共通して分かることとは?

①芸能活動の長い期間を通して母親が三浦春馬さんの重要な意思決定に深くかかわってきたこと
だが、5年前から音信が途絶え、その間に仕事や恋愛でストレスを抱え込んでいった。

②実父との音信は亡くなる2週間前まで続き、父子の会話のなかで母親が話題になり、仕事や恋愛で
もめていたこと、お金のことで母親ともめていたこと(母親は否定)

つまり、この5年間にもめた問題(仕事=所属事務所との関係、自身の仕事のスタンス、恋愛、母親との確執)が複合的に重なり合って死を決意した可能性が高い。

それでも、そのうち何が決定打となって亡くなったのかはまだ未解決である。

三浦春馬さんの父親と母親の告白から共通して分かること(まとめ)

三浦春馬さんの小学校時代まで遡って両親と芸能活動との関係を考えた。

また、週刊誌が報道した父親と母親の告白内容から共通して言えることを抽出してみた。

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