松丸亮吾の母親の教育法が一番!東大合格に導いた言葉とノウハウとは?

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松丸亮吾

テレビのクイズ番組でおなじみの松丸亮吾さんは現役の東大生で、なおかつゲームクリエイターの会社も立ち上げている異色の人物です。

松丸亮吾さんは男の子の4人兄弟の末っ子で、4人とも高学歴で異色な職業についている優れた家庭の出身者です。

本人に天才的な資質があったのはもちろんのことですが、その才能をはぐくみ育てた大きな要因は母親の教育法にあったということが、本人のコメントや様々な資料からも分かります。

松丸亮吾さんを東大合格まで導いていった母親の教育法は「言葉による教育」と「ノウハウによる教育」の両方があり、それをたどってみることがこの記事の目的です。

松丸亮吾の母親の教育法が一番!

松丸亮吾さんの幼い頃からの家庭での学習環境で気がつくことがあります。

それは、受験秀才の話によく出てくる個室の整った勉強部屋とか、家庭教師をつけてくれたこととか、塾や予備校に通った話、そうしたよくある話が全然出てこないことです。

松丸亮吾さんの勉強部屋は普通に家族みんなですごすためのリビングルームだったり、場合によっては食事中のテーブルだったこともあったようです。

また、学習机とか教材とか、お金に糸目をつけずに有益なものをふんだんに買い与えたという話も全く出てきません。

お母さんの順子さんは子育てに関する本をたくさん読んでいて、薬剤師という職業柄、科学を中心とする本は家庭のなかにたくさんあって、亮吾さんもそうした大人向きの本に関心をもったことで知識欲を満たしたようです。

リビングルームと言えば、兄弟から刺激を受けたり、親からみると様子をよく観察できる空間であるはずですし、個室にこもりきりで勉強するよりも成長させる要因があるかもしれません。

松丸亮吾さんは小学校4年生くらいまでは、必ずしも勉強が良くできた方ではなく、苦手なこともたくさんあったようです。

勉強をやっても兄に勝てない亮吾さんはゲームでなら勝てると思ってゲームに夢中になりますが、その好きなゲームを抑制したりとりあげることなく、自主的に勉強をするようになるのもお母さんのやり方ひとつにかかっていたようです。

亮吾さんは東京でも飛びぬけて偏差値の高い麻布高校から東大へ進学していますが、小中学時代はお母さんが勉強を見てあげる時間を長くとったことでベースとなる学力を育てられ、その後も成長していけるやり方を自分で身につけていったのです。

家庭にはお父さんもいたのですが、お父さんは亮吾さんの発言や記録にあまり登場しませんが、お母さんからは、熱心に勉強を見てもらい、大きな影響も受けたのです。

母親が松丸亮吾を東大に導いた言葉とノウハウとは?

松丸亮吾を東大に導いた母親の言葉とは?

末っ子で勉強でも何でも兄たちに勝てなかった亮吾さんはゲームなら自分が勝てることを知り、ゲームの面白さにはまりますが、結果として好きなゲームよりも勉強時間を長くとらせることに成功したのもお母さんの言葉のおかげです。

「まず勉強を3時間やりなさい。そうしたらあとはゲームをどれだけやってもかまわないから」という取り決めをお母さんが作ったことで、まだ主たる関心が勉強のほうを向いてなかった亮吾さんに勉強をする習慣をつけさせ、東大で合格者を100人単位で輩出する麻布高校までいける基礎学力をつけさせます。

お母さんのやり方と真逆の「ゲームを何時までやったらあとは勉強しなさいよ」というやり方では、おそらくうまくいかなかったはずです。

好きでない勉強を限られた時間やった後、好きなゲームを何時間でもできると思えばモチベーションもあがりますが、逆に好きなゲームをやった後、好きでない勉強が待っていると思うとモチベーションも半減するからです。

それから、亮吾さんの成績が悪くても決して責めたりせず、「自分の教え方が悪かったから」というお母さんの向き合い方とその言葉も、逆に亮吾さんの自己責任マインドに火をつけて、成長させたはずです。

そして、亮吾さんは麻布高校時代、300人中298番という順位で停滞していたのですが、高校2年のときお母さんは乳がんを患って亡くなってしまいます。

お母さんの遺品整理をしているとき見つけたお母さんの日記に「亮吾が東大にいくところを見届けたかった」と書いてあるのが決定打となって、亮吾さんはそれまでになかったほどの勉強を行って東大に合格します。

この段階では、お兄さんたちにも勉強を教わりまくって自分でレベルアップできたので、優秀なお兄さんたちに恵まれた家庭環境の良さもものを言ったでしょう。

松丸亮吾を東大に導いた母親のノウハウとは?

リビングルームでも食卓でも勉強部屋となった松丸家では、亮吾さんが分からないことがあるとすぐにお母さんに聞きに行きます。

しかし、お母さんはいっしょに考えてもすぐに答えを教えません。これによって、亮吾さんの問題解決力や考える力が養われたのです。

もちろん、このやり方は小中学生レベルの教科を教えられる知識と、息子に成長を促しその経過を見届ける忍耐力がなければ続きません。

すぐに答えを教えてしまえば、自分も楽だったと思いますが、お母さんはそうした安易な方法はとらなかったことで、亮吾さんは成長したことになります。

それと、お母さんがとった方法で秀逸なのは、手作りの参考書づくりです。

苦手で間違えた問題をできるようになるまでスクラップブックに張り付けて繰り返し解かせ、添削する、これまた手間のかかる方法でした。

しかし、このやり方を通した結果、亮吾さんは苦手な科目や分野を克服できたわけです。

まさに東大合格に欠かせないノウハウをお母さん亡き後も自分で踏襲していけたことになります。

バラエティ番組では、難関クイズを軽妙洒脱に楽しそうに解いていく松丸亮吾さんはひときわ目立つ存在ですが、難関クイズを解くだけでなく自分で考えて出題するプロにまでなれたのも、お母さんのおかげが大きいと言って良いでしょう。

松丸亮吾の母親の教育法;東大合格に導いた言葉とノウハウ(まとめ)

テレビのバラエティ番組では松丸亮吾さんがゲームクリエイターとして活躍し、注目されている。

母親の教育法が優れていたおかげで松丸亮吾さんの成長があったこと、東大合格まで導いていった母親の言葉とノウハウも確かにあったという事実をたどってみた。

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