瀧川 鯉斗の評判と年収は?過去の経歴と学歴も気になる!

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瀧川 鯉斗

瀧川 鯉斗は過去に暴走族の総長から落語家になったという変わった履歴を持つ人物である。

落語家としても現在真打として活躍しており、落語家としての評判や年収が気になるところ。

また、過去の経歴と学歴についても調査してみた。

瀧川 鯉斗の落語家としての評判と年収は?

瀧川 鯉斗の落語家としての評判

これからの落語家像をつくっていきたい、若い世代に落語を広めていきたいという目標やビジョンをもって活動している瀧川 鯉斗は身なりにも大変気を使っている。

かつて師匠のもとに飛び込んで弟子入りを許されてから下積みの期間もあったと思われるが、これまでの評価は必ずしも芳しいものだったわけではない。

むしろ、あまり上手でないという評価の方が目立ったくらいだ。

しかし、努力の甲斐があって2019年には見事に真打に精進を果たし、落語家として一本立ちしていくためのスタートラインには立ったところである。

名古屋出身の落語家としては三遊亭圓丈以来41年ぶりの真打となり、むしろ落語家としての本当の評価はこれからできてくるはずである。

瀧川 鯉斗の年収は?

落語界の年収レベルは
見習い 120万
前座  360万
二つ目 550万
真打  650万

となっていて、あくまでこれは平均値と言われていて、同じ段階でも
かなりの格差が実際にはあるようだ。師匠になれば、有名になればなるほど上限が上がる。

瀧川 鯉斗の場合は、この基本収入に最近増えてきたテレビの出演料がプラスされるので、実際の年収は1000万を軽く超えるのは間違いないところ。

瀧川 鯉斗の過去の経歴と学歴

瀧川 鯉斗の過去の経歴

瀧川 鯉斗の本名は小口 直也で、出身は東京都だが3歳のときから名古屋で育った。

瀧川 鯉斗は10月3日、大阪府の枚方 蔦屋書店でトークショーを行った。イベント後には囲み取材に応じ、生い立ちなども語った。

東京・調布生まれで4歳頃まで札幌で暮らし、小3から名古屋に住んだという瀧川。名古屋市天白区では13歳で「天白スペクター」という暴走族に入り、16歳で総長に。17歳の“初日の出暴走”を機に引退した。

中学時代はスポーツ万能タイプでサッカーの県代表にも選ばれて、プロを目指すほどの腕前だったという。

しかし、サッカーでプロを目指す夢はかなわず、挫折してからの進路に異変が起きる。

バイクの魅力にとりつかれて夢中になったのがきっかけで、何と暴走族の仲間入りをしてしまう。

17歳で300人いる暴走族の総長に就任する。

その時代に命を落とさなかったのは幸いだったが、17〜18歳のとき、役者を志し、東京に上京。

新宿のレストランで働き始めて程なく、そこで定期的に開催されていた今の師匠、瀧川鯉昇の独演会を見て「(何役も)演じ分けするすごさ、こんなことできれば」と心を揺さぶられ、打ち上げで「弟子にしてください」と志願。「それまで落語とか見たことなかった」というが、18歳で弟子入りを認めてもらった。

2005年 前座に。滝川鯉斗となり、2019年には真打まで昇進を果たした。

2009年4月に二ツ目、昨年5月に真打ちに昇進という出世である。

瀧川 鯉斗の学歴

瀧川 鯉斗の学歴については実は全く分かっていない。

出身中学も高校も出身校については全く公開されていないからである。

瀧川 鯉斗の中学は尾張ということ、天白区出身ということから、この区にある中学校のどれかである可能性が高い。

高校は一般入学ではなく、サッカーによるスポーツ推薦ということから、例えば、愛知県のサッカーの強豪校(中京、東海学園、愛工大名電等)のどれかである可能性が高い。

ただ、当時の素行の悪さから推薦では行けなかったことも考えられ、そうするとサッカー強豪校ではなかったことも考えられる。

いずれ、本人から許容できるタイミングをみて公表してもらうのが一番いい。

真打から師匠にまで昇進することにでもなれば、弟子もつくし、国民的知名度が備わってくるので、出身校などの個人情報も開示への期待が高まると思われる。

瀧川 鯉斗の評判と年収、経歴、学歴についてのまとめ

瀧川 鯉斗は2019年に真打に昇進したばかりで、落語家としての評価・評判はこれから定着してくることになる。

瀧川 鯉斗の経歴は非常に珍しく、暴走族の総長だった過去から落語の世界に飛び込んで真打にまで昇進したという希少価値のあるものである。

学歴については、出身校についての公開情報がないため、現在は不明となっている。

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