野球解説者として野球評論家として良く知られている桑田真澄氏が2021年巨人に復帰しコーチをつとめるというニュースが流れた。
V3を目指す巨人にとっては「最大の補強」と桑田復帰を評価し喜ぶ声が高まっている。
一方、桑田真澄氏の現役時代の実績と野球理論の秀逸さを知る人にとってある意味謎だったのは、これまでどうしてコーチにならなかったのか理由がわからないことだ。
また、長年監督やコーチにはならなかったにもかかわらず、なぜいまこのタイミングで巨人に復帰するのかという新たな疑問もわいてくる。
そうした気になる疑問に答えるべくこの記事を作成してみた。
桑田真澄がコーチにならなかった理由は?
現役最後は巨人ではなくメジャーへ行ったから
桑田真澄氏といえば現役時代173勝をあげて実績では申し分なく、またテレビ等でも分かりやすく理論的な解説で知られている。
野球ファンとして長い人でも比較的最近野球ファンになった人でも、テレビ等で見かける桑田真澄氏は野球理論がとても優れていることはよくわかるため、指導者としても適任だと思うはずだ。
しかし、これまで一度も古巣巨人のコーチや指導者として声がかかったことはない。
その理由として挙げられることは、桑田真澄氏が現役生活の最後を巨人で送らず、メジャーリーグへ渡ったことだ。
現役時代最後の年の桑田投手は足の故障などを抱えていたせいもあって、1軍に帯同せずほとんど2軍暮らし、その2軍でも出場機会が激減することで当時の原監督との確執を抱えていたという。
そして、最終的にはピッツバーグパイレーツと契約してメジャーリーグに行ってしまった。
巨人という球団は、理由はどうであれ自分からチームを出て行った人は復帰させたいルールがあるのである(中には例外もあるが)
解説者としての道を究めたかったから
桑田真澄氏は2008年に現役を引退した後は主に評論家として活躍している。
テレビの解説者としての仕事も長年つとめてきて、その卓越した野球理論と綿密な取材や調査に裏打ちされた実況中継は評価が高かった。
恐らく自分でも評論家や解説者の道が適任と考えてその道を究めたかったのではないか。
桑田真澄氏は現役を退いた翌年の2009年、早大大学院の修士課程を首席で卒業している。
そこで終わらず、2014年には東大大学院の研究生にもなっており、その後も制球に関する身体機能のメカニズムを究めるなど、野球理論をアカデミックに究める道に進んでいる。
もちろん、その過程で身につけた野球理論を解説や評論の仕事で縦横に駆使して、水を得た魚のように活躍していた。
2年間は東大で特別コーチをつとめたことはあっても、プロ球団からのオファーを受けたことはなかった。
85年ドラフトでのダーティーなイメージが残ったから
桑田真澄氏はPL学園のエースとして清原和博さんとともにKKコンビとして目覚ましい活躍をした。
1985年のドラフト会議ではちょっとしたハプニングがあった。
その年のドラフトの目玉はPL学園の桑田真澄と清原和博の2人であった。
清原和博には6球団が競合した結果西部ライオンズが指名権を得た。一方、桑田真澄は早くから早稲田大学への進学を決めており、どの球団も指名するはずはなかった。
しかし、結果は巨人が単独指名に成功し、桑田真澄を無競合で獲得した。
真相は明らかにされたとは言えないが、この結果について世間は巨人と桑田真澄との間に「密約」があったと騒いだ。今でいう「炎上」が起こった。
プロに入りすぐ実績を出した桑田真澄氏は実力と実績で良くないうわさを封じ込めた感じだったが、入団後1~2年は桑田にダーティイメージがつきまとい、「密約説」は風刺漫画にも描かれた。
このダーティーイメージが理由で巨人は別として他球団からのオファーはなかったという人もいた。
いまでもネット検索すると「桑田は嫌い」という人が一定数いるが、嫌いな人のなかにはこのダーティーイメージをインプットしてしまった人がまだいるかもしれない。
「密約説」については桑田真澄氏は否定しており、本心から早稲田大学に進学したかったというのが真相だと語っているが、国民全体が納得して桑田の見解を受け入れたとは言えない。
しかし、このことが理由でプロ球団がイメージ悪化を恐れて桑田真澄氏にオファーしなかったということも昔はあったかもしれないが、現役時代の申し分ない実績とともに秀逸な野球理論を評価する声も年を追って高まり、あったとしてもマイナーな理由でしかない。
桑田真澄はなぜいま巨人に復帰する?
年明けから桑田真澄獲得に動いた原監督
普通なら、球団としての首脳陣の現場スタッフ編成は昨年までにとっくに終わっているはずである。
しかし、年が明けてから新たにコーチ獲得に動くのは異例のことである。
その「非常識」を敢行したのは原監督で、まずオーナーに会って前面賛同を得たうえで、宮本一軍チーフコーチにもそうだんして了解をとった。
そのうえで年明けの1月5日になってから桑田真澄本人と会い、熱意を伝えた。
原監督自身、桑田真澄氏の豊富な知識・経験を高く評価しており、ぜひそれをチームのために還元してほしいと、悲願ともいえる自分の気持ちを率直に伝え、快諾を得たのである。
身体は小さくてもユニフォームを着るとあれほど大きく見える選手はいない、身体全体・指先・関節に至るまで、身体の使い方がうまい。
そういうところをみんなに見習ってもらいたい、と原監督独特の味方を述べている。
桑田真澄招へいは球団としての要望
桑田真澄氏と十数年前は確執があったとされる原監督だが、恐らくその確執もとれて、「犬猿の仲」という説も昔のことになったかもしれない。
桑田真澄氏の処遇については,一軍投手チーフコーチ補佐と決定している。宮本一軍チーフコーチをサポートしながら、昨年までなかった桑田氏のノウハウや知識で投手陣を強化できると期待されている。
21年間にわたって巨人一筋で実績をあげ、その後も研鑽を積んだ豊富な野球理論を生かして、3連覇や日本一奪還を成し遂げたいという切実な球団としての要望が、今回の桑田真澄氏巨人入団だったと思われる。
技術面だけでなく、メンタル面でも投手陣をサポートできれば、本当にV奪還への最強の補強になるだろう。
桑田真澄の巨人入団について(まとめ)
桑田真澄氏がこれまでコーチをやらなかった理由について3つの観点から分析してみた。
また、なぜいま巨人に復帰するかについては、昔の確執がなくなり原監督のたっての願いであり、V奪還を目指す巨人にとって必要不可欠と判断した全社的な決定と位置付けた。